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子育てに感動を求めない

   

長男(小1)の授業参観でした。

 

 

内容は、お父さんお母さんに手紙を書いてそれを読み上げるというもの。

 

 

前日の夜「明日やだーー!!!手紙読みたくない!」と号泣。

 

きちんと読めなかったら・・どうしよう。

恥ずかしい。

彼の中に、ちゃんと出来なかったらバカにされてしまう・・という思い込みが出来上がっているのか?

 

 

「来ないでほしい!!絶対に見ちゃダメーーー!!」

 

結局、教室に入らず廊下にいるからという約束で行きました。

 

(行かなくてもよかったのかも?と後から思う。

そこには、家にいるのに子どもの授業参観に行かないなんて薄情な母親だ!

という思い込み、そう思われるのがコワいという他人軸な私がいた。いらんねー)

 

 

成長した我が子の発表を聞けたら、感動していたのかもしれない。

でも、私は聞けなかったことを残念とは全然思っていない。

そもそも、そこを求めちゃいないのだ。

 

 

そうそう、我が保育園でお遊戯的な行事がないのも、気に入っている。

親を感動させるという目的での行事は、とても痛い感じがしてしまうのだ。

 

子ども達が厳しい練習に耐え、精一杯の作り笑顔で演技する。

そんな場面を見たら、感動の涙じゃなく、悲しみの涙が出そうだ。

 

 

運動会の年長クラス対抗リレーなどは、そこに至るまでの数々のドラマがありとても感動するのだが、それは単なる結果であって、そこを求めての取り組みではないということが重要なのだと思う。

 

 

子どもという名脇役のおかげで、日常に学びがあり感動もあるけれど、そこを期待するのは違うと思うのだ。

 

 

子どもに母の期待という重圧をかけない。

 

子育てに感動を求めない。

 

3/2親との関係を見直すグループセッション

 - つれづれ